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神戸地方裁判所 昭和42年(ワ)115号 判決 1968年1月29日

原告

亀山住子

ほか三名

被告

中之島運送株式会社

主文

被告は、原告亀山住子、同亀山直子に対し各金五〇〇万円、原告亀山粂太郎、同亀山ヒサノに対し各金三〇万円および右各金額に対する昭和四一年六月二日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告亀山粂太郎、同亀山ヒサノのその余の請求を棄却する。

訴訟費用中、原告亀山住子、同亀山直子と被告との間に生じたものは被告の負担とし、原告亀山粂太郎、同亀山ヒサノと被告との間に生じたものはこれを五分し、その二を原告亀山粂太郎、同亀山ヒサノの負担とし、その余を被告の負担とする。

この判決は、原告ら勝訴の部分にかぎり、仮に執行することができる。

事実

原告ら訴訟代理人は、「被告は、原告住子、同直子に対し各金五〇〇万円、原告粂太郎、同ヒサノに対し各金五〇万円および右各金額に対する昭和四一年六月二日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、その請求原因として

一  昭和四一年五月二三日午前九時三〇分ごろ神戸市葺合区小野浜町所在運輸省第三港湾建設局神戸港工事事務所南側路上において、訴外亀山忠重が乗つた自転車と訴外杉岡勇運転のマツダ号三輪貨物自動車(登録番号神戸六か三三四一号、以下被告車という。)とが衝突し、この衝突事故によつて忠重は同年六月二日に死亡した。

二  被告会社は、道路運送法にいう自動車運送事業を経営する者として被告車を右自動車運送事業の用に供していたところ、

(一)  本件事故は、被告会社の従業員である杉岡が被告会社所有の被告車を運転して被告会社の業務に従事中に生じたものである。

(二)  仮に杉岡が被告会社の従業員でないとしても、被告車は被告会社の営業車であつて、しかも、本件事故当日被告会社の運転手である訴外田頭薫に差支えがあつたため、同人の依頼により杉岡が同人に代つて被告会社の業務のために被告車を運転中に本件事故が発生したのであるから、被告会社と杉岡との間に雇用関係が存在しなくても、被告会社が被告車の運行供用者であることにかかわりはない。

(三)  仮に田頭が本件事故当日被告車を被告会社の事業の用に供しなかつたとしても、同人は自動車の運転者として、被告会社の自動車運送事業に従事していたことから、被告車をその所有者である被告会社から賃借して自動車運送事業のやみ営業をしていたものであつて、被告会社の許諾を得で被告会社が運輸大臣の免許を受け経営する自動車運送事業の営業名義を使用し、賃料も月額八、〇〇〇円という低額であり、被告車の陸運事務所関係の手続は一切被告会社において行い、被告車の車体には被告会社名が表示されており、車庫も被告会社の車庫を使用し、かつその行う運送業務も被告会社の下請け的なものが多分に含まれていたのであるから、被告会社は依然として被告車に対する支配力を有するものであつて、被告車の運行供用者というべきである。

したがつて、被告会社は被告車のいわゆる運行供用者として自動車損害賠償保障法三条により本件衝突事故によつて生じた損害を賠償する責に任ずべきである。

三  忠重の右死亡による損害は次のとおりである。

(一)  忠重の得べかりし利益の喪失による損害

忠重は、本件事故当時、フアー・イースト・スーパーインテンデンスコンパニー・リミテツドに綿花検査員として勤務し、本件事故以前一か年間(昭和四〇年五月二九日から昭和四一年六月二日まで)に総額八二万三八四六円の収入を得ていたところ、一か年間の生活費が右総収入の四分の一以下であつたから、一か年平均金六一万七八八四円の純益を得ていたことになる。しかして、同人は、本件事故当時満二八才で、その余命年数が、厚生大臣官房統計調査部刊行の第一〇回生命表に従い四一・四七年であつて、本件事故がなかつたとすれば、少くともなお三五年間就労し、この間前記割合の収益を取得することができたはずであるから、本件事故により、前記年額によつて計算した三五年間の純益合計金二一六二万五九四〇円の得べかりし利益を(喪失)したことになるが、これをホフマン式計算方法(複式)により年五分の割合による中間利息を控除し、一時に請求する金額に換算すると、金一、六三九万四、五三五円となる。

(二)  忠重の慰藉料

忠重は、本件事故により、重傷を負つて一〇日間も生死の境をさまよつた末最愛の妻子を残し、わずか二八才で生命を奪われるに至つたが、このことによる精神的損害は甚大であり、その慰藉料は金二〇〇万円が相当である。

(三)  原告住子は、忠重の妻であり、原告直子は忠重の長女であるところ、忠重の死亡により右(一)(二)の各損害賠償請求権を相続分に応じて原告住子が三分の一の合計金六一三万一五一一円、原告直子が三分の二の合計一、二二六万三〇二三円をそれぞれ相続により承継取得したが、その後自動車損害賠償責任保険金一〇〇万円のうち右相続分に応じた額を受領して右(一)に係る損害賠償請求権の弁済に充当したから、これを控除すると、右(一)及び(二)に係る損害賠償債権残額は原告住子において金五七九万八一七八円、原告直子において金一、一五九万六三五七円となる。

(四)  入院費

原告住子は、忠重を本件事故発生の日から死亡の日まで金沢病院に入院させ、その入院治療費として金九万二三九五円を支出し、同額の損害を蒙つた。

(五)  葬儀費用

原告住子は、忠重の葬儀関係費用として合計金二一万四六七五円支出し、同額の損害を蒙つた。

(六)  原告住子、同直子の慰藉料

原告住子は、一家の大黒柱であつた夫を一朝にして失い、今後は満二才に満たない幼児である原告直子をかかえて寡婦として暮らさなければならなくなつた。また原告直子は、父親の顔を知らずに成長することになり、今後父親のいないことによる不利益は甚大である。したがつて、その慰藉料は、原告住子に対し金二〇〇万円、原告直子に対し金一五〇万円が相当である。

(七)  原告粂太郎、同ヒサノの慰藉料

原告粂太郎、同ヒサノは、忠重の両親として忠重の成長を楽しみにしていたところ、本件事故により最愛の息子を失つたものである。したがつて、右原告両名に対する慰藉料は、各金五〇万円が相当である。

したがつて、原告往子は、右(三)ないし(六)の合計金八一〇万五二四八円、原告直子は、右(三)および(六)の合計一三〇九万六三五七円、原告粂太郎、同ヒサノは右(七)の各金五〇万円の損害賠償請求権を有するところ、被告に対し、原告住子、同直子は各金五〇〇万円、原告粂太郎、同ヒサノは各金五〇万円および右各金額に対する昭和四一年六月二日から支払ずみに至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

四  仮に右二の主張が理由がないとしても、被告会社の代表取締役梶川利雄は、本件事故による損害賠償請求調停事件(神戸簡易裁判所昭和四一年(ノ)第一八〇号)の調停期日において、原告らの代理人に対し、本件事故の発生については被告会社に責任があるからよつて生じた原告らの損害を賠償すべき旨を約した。よつて、右約定にもとづく損害賠償請求として、被告に対し、原告住子、同直子は各金五〇〇万円、原告粂太郎、同ヒサノは各金五〇万円および右各金員に対する昭和四一年六月二日から支払ずみに至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

と述べ、被告主張の抗弁事実を否認した。

被告訴訟代理人は、「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は、原告らの負担とする。」との判決を求め、請求原因に対する答弁および抗弁として、次のとおり述べた。

請求原因事実第一項は認める。同第二項中、被告車が被告会社所有のものであること、田頭が自動車運転者として被告会社の自動車運送事業に従事していた者であることは認めるが、その余の点及び同第三項以下の原告主張事実はすべて争う。本件事故は、田頭が被告会社に無断で、被告会社の従業員でもなく、被告会社代表取締役梶川利雄とは一面識もない杉岡に被告車を運転させていた際に生じたものであるから、被告会社には運行供用者としての責任はない。仮に被告会社に損害賠償の義務があるとしても、本件事故の発生については忠重に過失があるから、損害額の算定について右過失を斟酌すべきである。すなわち、忠重は、自転車に乗つて東進し、本件事故現場付近で道路を右折しようとしたのであるが、かような場合には、あらかじめ三〇メートル手前(西方)で方向指示器または手信号で右折の合図をしておくべきであるにもかかわらず、これをなさずに急に右折しようとした。忠重の右過失により、その後方から東進してきた大型貨物自動車が自転車と接触するのを避けるため急停車し、さらに右大型貨物自動車の後方を東進中であつた被告車が右大型貨物自動車に追突するのを避けるため右にハンドルを切つたところ、それまで右大型貨物自動車の影に隠れて被告車からは見えなかつた忠重の乗つた自転車と被告車とが接触した。したがつて、損害額の算定について右過失を斟酌すべきである。

〔証拠関係略〕

理由

一、本件事故(衝突及び死亡)が原告主張の請求原因事実第一項のとおりであることは当事者間に争がない。そこで、本件事故において被告車が被告会社の運行の用に供されていたかどうかについて判断する。まず被告車が被告会社所有のものであること、田頭が自動車運転者として被告会社の自動車運送事業に従事していたことは当事者間に争がない。そして〔証拠略〕をあわせると、田頭は、道路運送法にいう自動車運送事業を経営する被告会社に雇われて自動車の運転業務に従事していたが、昭和四〇年春ごろ被告会社の名義で訴外神戸マツダ株式会社から中古の被告車を割賦払の約定で購入し、独立して貨物運送業を始めたこと、自動車を使用して貨物を運送する事業を経営するには運輸大臣の免許が必要であるところから、田頭は被告会社の許諾を得て被告会社が運輸大臣の免許を受けて経営する自動車運送事業の営業名義を使用し、被告車の車体にも被告会社の商号を表示してその名義料として被告会社に対し月額金八、〇〇〇円を支払つていたこと、田頭の運送業務は時折被告会社の斡旋を受けることもあつたが、直接註文主から依頼を受けて行なうやみ運送営業が主であつたこと、被告車の割賦金およびガソリン代、修理費などは田頭において運賃収入から支払つていたが、車庫は被告会社所有のものを使用していたこと、杉岡は、被告会社の従業員ではないが、時折田頭の仕事を手伝つていたことから、本件事故当日差支えがあつた田頭の依頼により、田頭に代つて家畜飼料を運搬すべく被告車を運搬していて本件事故が発生したものであること、以上の事実が認められる。原告住子の本人尋問の結果中右認定に反する部分は措信することができず、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。右認定の事実によれば、本件事故における被告車の運行は、たとえ田頭のやみ運送営業のためにするものであつたとしても、なお被告会社のために行なわれたものであると認めるのが相当である。したがつて、被告会社は、自動車損害賠償保障法第三条但書の規定による免責事由を主張立証しないかぎり、本件事故によつて生じた損害を賠償する義務を免れない。

二、本件事故によつて生じた損害

(一)  忠重の得べかりし利益の喪失による損害

〔証拠略〕によると、忠重は、本件事故当時満二八歳の健康な男子で、フアー・イースト・スーパーインテンデンス・コンパニー・リミテツドに綿花検査員として勤務し、給料月額四万九六五〇円を得ていたほか、昭和四〇年六月および同年一二月に各金一一万二五〇四円、昭和四一年六月に金一〇万六六九六円の各賞与金を得て、右のうち生活費として平均毎月金一万五〇〇〇円消費して年間の純益は金六三万六九三六円となるところ。厚生大臣官房統計調査部刊行の第一〇回生命表により満二八歳の男子の平均余命は四一・四七年であるから、本件事故がなかつたとすれば、諸般の事情に照らして満六〇歳に達するまでの三一年間就労することができ、この間前記割合の収益を取得することができたと推認される。そうすると、忠重は、本件事故により前記年額によつて計算した三一年間の純益合計金一、九七四万五、〇一六円の得べかりし利益を喪失したものということができるが、これをホフマン式計算方法(複式)により年五分の割合による中間利息を控除し、一時に請求する金額に換算すると、金一、一七三万三二九七円となる。

(二)  忠重の慰藉料

原告住子本人尋問の結果によると、忠重は、昭和三八年四月九日に原告住子と結婚し、その間に原告直子(昭和四〇年五月七日生)を出生し、両親とは別居して幸福な生活を送つていたところ本件事故により重傷を負い、一〇日間にわたる治療のかいもなく遂に生命を失つたもので、多大の肉体的、精神的苦痛を受けたことを認めることができるので、右の事実および諸般の事情を斟酌して、忠重に対する慰藉料は金一五〇万円をもつて相当と認める。

(三)  前認定のとおり、原告住子は忠重の妻であり、原告直子は忠重の子であるから、忠重の死亡により右(一)(二)の損害賠償請求権を相続分に応じて原告住子は三分の一の金四四一万一〇九九円、原告直子は三分の二の金八八二万二一九八円をそれぞれ相続により承継取得したことが明らかであるが、右原告両名は、自動車損害賠償責任保険金一〇〇万円のうち右相続分に応じた額を受領し、これを右(一)の忠重の損害賠償請求権の右原告両名の各相続分に充当したことは、右原告両名の自認するところであるから、右原告両名が相続により取得した前記金額からこれを控除すると、残額は原告住子は金四〇七万七七六六円、原告直子は金八一五万五五三二円となる。

(四)  入院費

原告住子は、忠重を本件事故発生の日から死亡の日まで金沢病院に入院させ、その入院治療費として金九万二三九五円を支出したと主張するけれども、これを認めるに足りる証拠はない。

(五)  葬儀費用

〔証拠略〕によると、原告住子は忠重の葬儀費用として、合計金一〇万四二〇〇円を支出したことを認めることができる。同原告は右費用として金二一万四六七五円を支出した旨主張するけれども、右の認定額を超える部分については原告住子本人尋問の結果のみではこれを認めるに不十分であり、他に右主張額を肯認するに足りる証拠はない。

(六)  原告住子、同直子の慰藉料

前認定のとおり、原告住子は忠重と結婚後わずか三年余りで本件事故により最愛の夫を失い、原告本人尋問の結果によると、幼児である原告直子をかかえて日々の生活にも不安を覚える状態であり、原告直子も幼少にして父を失い、それぞれ多大の苦痛を受けたことを認めることができるので、右の事実および諸般の事情を斟酌してその慰藉料は、原告住子に対して金一〇〇万円、原告直子に対して金五〇万円をもつて相当と認める。

(七)  原告粂太郎、同ヒサノの慰藉料

原告住子本人尋問の結果によると、原告粂太郎、同ヒサノは忠重の両親であり、本件事故により最愛の息子を失い多大の苦痛を受けたことを認めることができるので、右の事実および諸般の事情を斟酌して、右原告両名に対する慰藉料はそれぞれ金三〇万円をもつて相当と認める。

四、そうすると、原告住子は前記第三項(三)、(五)、(六)の合計金五一八万一九六六円、原告直子は同項(三)、(六)の合計金八六五万五五三二円、原告粂太郎、同ヒサノは同項(七)の各金三〇万円の損害をこうむつたというべきである。

五、被告は、本件事故の発生については忠重に過失があるから、損害額の算定について右過失を斟酌すべきであると主張するけれども、忠重に過失があつたと認めるに足りる証拠はないから、被告の右主張は理由がない。

六、そこで、原告らの被告に対する請求は、右損害金額とこれに対する損害発生の日の後である昭和四一年六月二日から支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において正当としてこれを認容し、原告粂太郎、同ヒサノのその余の請求を失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条一項本文、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 原田久太郎 中川幹郎 三谷忠利)

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